想い
はじめは何となくチャラくて、女性にもてるんだろうな…と言う印象だったけれど、段々会うたびに魅力にひかれていきました。 チャラいけれど、計算され尽くした感じではなくて、本当に女性を喜ばそうとしているんだな、自分に正直な人で物事をはっきり言える人なんだなと思いました。 九州に旅行に行ったときは楽しかったね。これまで九州には行ったことがなかったので、泊りがけで旅行したことは、今でもよい思い出だよ。 私はあなたと一緒にいる時間の中で、たくさんのことを学びました。そしてたくさんの素敵な思い出をいただきました。 不倫と知って驚いたけれど、それ以上に私があなたのことを好きになり過ぎていたので、もう後に引き返すことはできなかった。その結果が、奥さんとの修羅場と妊娠。 私も自分の身体と精神的に折り合いをつけることに精いっぱいだったけれど、あなたの私と家族との間で揺れ動き、辛かったでしょう。 お別れする前には、いつも辛そうだったことを思い出します。 そしてお別れするときに約束したこと覚えていますか?辛くなった空を見上げると、きっと元気になれる…と言ったこと。 今でも私は何かあると空を見上げることが多いです。それはきっとあなたがどこかで見守ってくれると思うから。 私は現在、新しい生活を作りつつありますが、あなたも天国で生活を築き上げているのでしょうか。 もしかするとあなたは不倫をした代償として、そちらでうまくいっているのかどうか、それが心配でなりません。 今でも最後のお別れの時に辛かったけれど、笑い泣きをしていたあなたの笑顔、忘れることができません。 いつも私の太陽だったあなた。今でも私の応援団でいてくれるかな?この思いを胸にずっと生きていきたいと思っています。
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想い
ゲンは、もう分かっているでしょうけれど、我が家の家族になってくれてありがとう。 会えなくなって3か月ほど経っていますが、数年経過しても忘れるわけがありません。ゲンと一緒に暮らせた日々は、笑ったり泣いたり本当にかけがえのない8年と3か月でした。 言葉にすることができない犬だけど、たくさんの気持ちをありのままに投げかけてくれたね。病気がある家族であり、つらいこともたくさんあったけれど、それでも笑えて暮せたのはゲンがいたからこそ。頑張ろうという気持ちにさせてくれたことは、感謝でいっぱいです。 縁は不思議ですね。あのお彼岸の日にゲンが来てくれなかったら、捨てられていなかったら、生涯出会うことはなかったのです。ゲンのことは心にしっかりと残り大切な思い出になっているのは間違いないです。 安心してゲンも幸せになってね。 向こうへ行く直前、これほどの悲しさ、寂しさはなかったのですが、泣いてばかりではゲンがこれから向こうで果たす役割を持ってもらってもらったのに、足を引っ張るようではいけないと思ったことで、私も強くなれました。 絆は深かったのだと離れて初めて知ることだったのです。ゲンはゲンらしくその愛くるしい瞳のままで元気に暮してくれることを願っています。 最後になりましたが、言うまでもないかと思うけれど、ゲンと言う名前は元気のゲンから取りました。その名前の通りにこれからも出来るだけ健やかに元気で居てね。私たちも負けないように元気に暮すからね。また、ドライブに来てくれるチャンスがあったら、顔を見せてね。 いつまでも、変わりないゲンでいてくれることを願っています。
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想い
20年前に戻りたい。 すごく戻りたい。今、不幸せな結婚生活を送り地獄のような毎日の中で、あなたを本気で探してる。 でも、偶然に見つけてしまった。あなたの奥さんのFacebook…幸せそうな家族写真。 やり直せるならやり直したい。 どこかで偶然に再会出来ないかな? その時は、笑顔で再会したいな。 どうしてあのとき、別れを選んだんだろ。 あのまま、一緒にいたら必ず結婚してた。 あなたとなら必ず幸せな生活が待っている。 だから、やり直したい。 神様、素敵な魔法が私に舞い降りてきますように…
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想い
いつも一緒にいたあなたへ。 まずはごめんね。いつも一緒にいて、姉妹のようだった私たちだけど、いつも私を気にかけていてくれたあなたと違って私はあなたの悩みやさびしさ、苦痛に気付いてあげられなかったね。死ぬとき痛かったでしょう。そんなつらい思いさせて本当にごめんなさい。 幼稚園からずっと一緒だったよね。小学校や中学校も一緒。高校は別々だけど、おとなになってからも一緒にいたね。 成人式のとき、こっそり手紙をくれたのは嬉しかったよ。悩んでた私に対する応援の手紙だったね。それは今でも読み返してる。落ち込んだりさびしくなったとき、その手紙で励まされてる。 あと、カラオケにもよく行ったね。私と違って歌が上手いところにすごく憧れてたんだよ。 今でも「あの時に戻れれば」って何度も思うけど、やっぱりあなたを助けられることができない。死ぬ数時間前まで一緒にいたのにね。こんな私を恨んでくれてもいいよ。あなたを助けられなくてごめんなさい。 それから、ありがとう。私と一緒にたくさんの思い出を作ってくれてありがとう。喧嘩して嫌になったときもあったけど、いまではそんな喧嘩も懐かしいです。それ以上に、楽しい思い出とか気持ちも、思えばあなたはいっぱい私にくれました。それに気付いたのもあなたがいなくなってからです。 すっごくさびしいけど、あなたはそれ以上に悲しい気持ちだったんだよね。死ぬ前の時間、あなたは何を考えてたんだろう。もう死にたい、死んでしまいたい、と考えてたのかな……。そして自分で死を選んでしまったね。 天国では穏やかに過ごせていますか?それが私の一番の願いです。天国ではあなたが楽しく暮らしていますように、と祈ってるよ。できれば、私がいつかそっちに行ったとき、また一緒におしゃべりしたり遊んだりしてくれると嬉しいです。 ただ、あなたにもう一度会いたいです。会いたくて逢いたくて、逢いたいんだよ! いまでも、死んだことが嘘なんじゃないか、とか、これは夢なんじゃないか、とか、たまに思うけど、あなたのお墓とかは実在していて、夢じゃないんだと思い知らされます。逆に、たまに私の夢に出てくるあなたは本当に活き活きとしてます。そういった夢を見たときは楽しいし、嬉しいです。 あなたの歌もまた聞きたいなあ。死んだ人の声は忘れてしまうって言うけど、私はあなたの歌声、なかなか忘れられません。 天国で風邪ひかないようにね。たまに歌いながら、どうかのびのびと暮らしてください。
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想い
私は、短大に行くまでは、何の目標も無く只、親の言う通り学校に行けば良いと思っていました。中学校も中途半端、高校も進学校に入学出来た事で満足していました。 部活に汗を流す訳でもなく、学校に行って家に帰る、そんな日々を空しく過ごしてた様な気がします。短大を卒業したら暫くどこかに勤めて、後は結婚でも出来れば良いかな、と言った生活でした。 自分では、このままではいけないと思いながらも、やりたい事も見付からず学歴だけが欲しくて、短大に通った感じでした。そして、入学すると知らない生徒達だらけで、中々友達も出来ませんでしたが、隣の席の貴方が人懐っこくて、話しかけてくれたのがきっかけで、友達も増えました。 そして、貴方と親しくなって、貴方が中学校から骨肉腫という病気で、現在も抗がん剤を定期的に受けている事を話してくれましたね。 そんな素振りを見せなかった貴方だったから、それを聞いた時本当に驚きました。それから、色んな話をしましたね。病気になるまではサッカーをしていた事、この学校に入学したのは学校の先生になって子供達にサッカーを教えてあげたいからと言う事、でも治療が長引いているから体力が無くなって不安だと言う事、など沢山話しましたね。 そして、一年に何度も抗がん剤治療の為に学校も休む事が多かったけど、退院して学校に来た時は、辛い顔は見せず、いつも笑顔で居ましたね。 そんな、貴方が亡くなったと知らされたのが、卒業間近でした。クラスの皆でお通夜とお葬式に行きました。今でも、その時のご両親の顔が忘れられません。 ですが私は、貴方との別れをきっかけに、心の中で何かが変わりました。 私は、健康で何かをやろうと思ったら何でも出来る、でも貴方はもう夢を叶える事も出来なくなったんだね。今まで私は一生懸命生きてきたのだろうか、自分の命が終わる瞬間に何の後悔も無く旅立てるのだろうか、と毎日考えました。そして、偉そうに聞こえるかも知れないけど、私は貴方が叶えたくても叶えられなかった夢を、私が叶えようと思ったのです。 何の目標も無く過ごして来た私に希望を与えてくれたのです。それから先生もびっくりする位勉強頑張ったんだよ。泣きながら勉強した事もありました。でもそんな私を支えてくれたのが貴方でした。貴方と出会っていなかったら、今の私はいません。直接お礼が言いたくても貴方はもう居ません。 ある人の言葉で、〝あなたが空しく過ごした今日は 昨日死んでいった者が あれほど生きたいと願った 明日” と言う詩があります。私はこれを読んだ時、貴方の顔が一番に浮かびました。まさしく、貴方と出会うまでの私の事だと思ったからです。 今でも、楽しい事ばかりではなく、どう仕様も無い位苦しい時があります。逃げ出したくなる事も沢山あります。 でも、そんな時は貴方の事を思い出すのです。どんなにか生きていきたかっただろう、どんなにか夢を叶えたかっただろう、と。 それに比べれば、私の悩み事なんて大した事は無いと思うと元気が出るのです。貴方に伝えたかった。私に夢をくれてありがとうと。空しく生きていた私に生きる希望を与えてくれてありがとうと。今、私は元気に生きています。
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一緒にいたのは大学入学のときから4年生のゴールデンウィーク前までっていう短い時間だったけど、仲良くしてくれてありがとう。 一緒にカラオケに行ってハモリ合ったり、CDの貸し借りして感想を話し合ったり、楽しかったね。そうやって一緒にいた時間もそこそこあったのに、体調が悪いことに気づいてあげられなくてごめん。 入院してからは手紙のやりとりでいろんな話をしたね。いちばん最後にもらった手紙の、いちばん最後の行。「体調に気をつけてね」って書いてくれたんだよね。 自分は病気で大変なのに、こっちのことまで気遣ってくれて。最後の最後まで、ずーっと優しくしてくれて、嬉しかったよ。 お葬式の前に、お母さんに「見てあげて」って言われて棺桶の中の姿、見たけど、何が起こってるのかよくわからなかった気がする。信じられないっていうか。 成人式のときに着たっていう着物、綺麗だったな。今でも、本当は亡くなったんじゃなくて、北海道に遊びに行ったら会えるんじゃないかなんて気が、ときどきするよ。 会えないって頭ではわかってるんだけど、なんていうんだろう、実感が伴わないっていうか。親に「そろそろ持ってた方がいい」って言われて準備した喪服、一番最初に着たのがあなたのためだったなんて、今でも信じたくないけど。 とりあえず、私はどうにか生きてる。ありがとう。そっちに行ったら、またよろしくね。
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当時はまだ若かったのでどれだけあなたのことが好きでも家族を振り切ってまであなたと海外についていくという決断はできず、最終的には別れることになってしまいました。 バイト先で初めてあったとき、周囲の人が適当に働く中、真面目に働いていたのでいい印象がありました。当時は同年代の男性はどちらかというとチャラい印象が合った中、昭和っぽい雰囲気を醸し出していたことから、なかなか他にはいないタイプの男性だと思って気になってはいました。 交際して1年ほどしてから、突然プロのサーファーになりたいと言ってハワイへ留学することを決めましたね。一方的に別れを告げられてそのまま海外へ旅立ったときは辛かったです。 まさか海で亡くなってしまうとは、思いもしませんでした。 当時はついて行けなかったことは仕方ない、また別の男性と恋愛すればあなたのことなどすぐに忘れられると思い込んでいたのです。しかしそれから15年近く経った今でも私はあなたのことを忘れることはできず、別れたことを後悔しています。 どれだけ周囲から反対されていても自分の思い通りに動いて仕事も家族も全て捨ててあなたの元へ行けばきっと幸せになっていただろうと思っています。 実をいうとあなたと別れた後にはあなたとの思い出を忘れるために多くの男性と出会い、あなたよりも魅力のある男性を探し続けていたのです。そして男性と知り合うとあなたが知っている純粋な私と違って、すぐに近づいたり実際にお付き合いをするといった何かと気の多い女性に変貌していたのです。 あなたよりも断然魅力があると思った別の男性と結婚してしまい、今では子どもも2人います。しかしながらあなたとこれまでに出会ってきた男性、そして現在の夫と比較するとあなたの方が断然魅力があるのです。 本当のことを言うと、今でも夫や子どもなど今自分が得たものを全て捨ててまだ海外で一人で暮らしているというあなたの元へ行きたいくらいなのです。 もし今逢えるのであれば、一度でもいいから今でも忘れられず好きだということを言わせてください。そしてそのままあなたのいる場所でずっと一緒にいたいのです。
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一日だけでいいから一緒に時を過ごしたいよ。どこか一緒に行きたいとは思わない。ただ家に一緒にいたいんよ。 一緒に色々なことを経験したね。お金に苦しい時、仕事で成功した時や精神的に辛い時など、いつも一緒にいたよね。ドライブに行ったのが一番の思い出かな。 昔のように私がテレビを観ていたらそばに寝てくれたり、パソコン作業をしていたら目の前で寝てくれたり、その姿を眺めたい。 触りたい。撫でられるのが好きだったね。色々な部分を触ってあげたい。耳の後ろを触られるのがすきだったね。触ると「ぶしゅ~」と変な声をあげて目を瞑る姿を見たいんだ。 今でも目を瞑れば、その姿が鮮明に蘇ってくる。 生きていた頃は、亡くなるなんて想像が出来なかった。当然私よりも先に天国にいくだろうなとわかってはいたけど、実際にいなくなるとしばらくは現実を受け止める事が出来なかったよ。 同時に後悔の念が押し寄せてきたんだ。私と一緒にいて幸せだったんだろうか。もっと美味しい物が食べたかったんじゃないのか。私に出来る事がもっとあったのではないか、延々と自問自答する日々を過ごしているんだよ。 逢えなくなって3年。今もふとした瞬間に思い出す。もう一度逢いたい。逢ってまた尻尾を振って欲しい。楽しかった日々を少しでも味わいたい。
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久しぶりだね。元気にしてるかな。 あなたがいなくなってもう7年が経ちました。 あなたは急に私の前からいなくなりました。 私は喪失感とその時のあなたの心の寂しさに気付いてあげることができなかった、側にいてあげることができなかった悔しさで何度も自分を責めることもありました。 今でもどこかであなたが生きているような気がしてなりません。 なんでいなくなったの。なんで1人でいってしまったの。 知りたいよ。あなたの気持ちが知りたい。 何もわからないから苦しい。 そんな思いで何年も過ごしました。 だけど、時が経つにつれてあなたの思いに触れました。 あなたは今幸せですか? 私は幸せです。 あれから結婚して今お腹には新しい命がいます。 あなたと子どもは絶対三人だとか、男の子だったらサッカーをさせたいだとかたくさん夢を語り合いましたね。あなたが私との未来を考えて就職を考えていたことを後で知りました。 私もあなたとの未来を心から望んでいました。 あなたは私の笑う顔が大好きでしたね。 私がおいしそうに食べる姿が大好きでしたね。 あなたと行った場所、街、一緒に見た風景、今でも鮮明に思い出します。 この7年間あなたを忘れたことはありません。 あなたは家族思いで、優しくて、自分で死を選んだとは未だに考えられません。 だからきっとあなたもびっくりしてるよね。 怖かったね。辛かったね。 あなたの気持ちに気付いてあげられなくてごめんなさい。 みんな元気に暮らしてるよ。 あなたが一番したかった親孝行、あなたの代わりに私が親孝行するんだとあの日から決めて、毎年母の日、あなたの誕生日を一緒に過ごしています。 あなたが私たちにくれた優しさと思い出をたくさん話しています。 だから寂しがらないでね。 私たちの心であなたはずっと生き続けています。 あなたとの思い出は私を強くしてくれました。 あなたと向き合うことで私は変われました。 あなたと過ごした日々は本当に幸せでした。 あなたの側にいることができて本当に幸せでした。 私はあなたをこれからも忘れることはありません。 だけど本当は会いたいよ。とても会いたい。 側で名前を読んでほしい。 今でも私はあなたを愛しています。
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想い
ただの年下の男の子で、私に強いあこがれを抱いて緊張ばかりしていたあなたが、ちゃんと私を振り向かせた勇気と行動力は当時本当に感心していたよ。 きっと私があなたの立場であったら外国人の意中の相手に、あれだけ勇気を出してアプローチなど、きっとできないよね。 あなたの実年齢よりも落ち着いた声や雰囲気がとても好きでした。 私が世界中で1番好きだと前面に好意を出して、伝えてくれたあなたが可愛くてたまりませんでした。 でも、あなたは日本に来ると口ばかりで、3年間結局一度も会いに来てはくれませんでしたね。 あなたの訃報を聞いたのは1年前。飲酒運転のトラックにはねられたと聞いて、とてもショックを受けました。 私はあなたが寂しいと言うから、バイトで頑張ってカナダへの旅行代を稼いで何度も会いに行っていたのに、今思えばもっと早くに私たちの関係の危うさに気付いて、お互いの為に別れるべきだったね。 あなたとの恋に没頭してしまい、つい夢見がちにカナダであなたと家族になり幸せに過ごしている未来を想像していました。 結局私たちはひどく不明瞭な別れ方をしてしまい、挙句の果てにいつの間にか増長していたあなたの依存心がああいった形で私にぶつかってくることになるとは、出会ったばかりの当初は考えもしませんでした。 お互いに傷つける別れ方をしてしまったのは、大人だった私の責任でもあります。現実を見ず、関係を持ってしまったのはいけなかったと思います。 でも、あなたとの付き合いがなければ私の英語はこんなにも上達しておらず、きっとなりたい職業にも就けていなかったでしょう。 生きていたら、きっと今頃連絡を取り合ってこの気持ちも伝えられているんでしょう。本当に悔しいです。 あなたが天国で幸せに、誰か素敵なパートナーを見つけられているよう祈っています。
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